古野のブログ
説明変数がないと反射神経対応のみ
2019.07.09
15年近く前に「科学的経営とは」を議論したことがあり、久々に当時作った資料を引っ張りだしてきました。この資料は、H社のTさんが作られた資料に加筆することで「科学的経営」を定義したものです。科学的経営と最近のHRテックがかなり同義なので、一部の取り組みに警鐘を鳴らすためにも、紹介したいと思います。
企業は営利組織ですので、売上や利益のために『生産性』を一つの指標にします。同業他社と比較をする場合は、かなり重要な経営指標でしょう。
その生産性を高めるために、人事部門は日々取り組んでいます。
ある時、食品メーカーから、こんな相談がありました。
「関東営業部で生産性と従業員満足度との相関を取りました。「満足度が高い」=「生産性が高い」とある程度の相関は出たのですが、「満足度は低いが生産性は高い」「満足度は高いが生産性は低い」と真逆になるケースがあり、説明がつかない状態になりました。この後、どうしたら良いですか? と。
そこで、その組織をFFSデータで分析してみました。
この地域で一番生産性が良かった部門は、拡散性>保全性の人材比率が高く、自由な雰囲気の中で「言いたいことを言えている」ことから「従業員満足度調査」でも辛らつなことを書いていました。
逆に生産性が低い部門は、保全性と受容性が高く〝仲間意識が強く、周囲に気配りしている〟ため悪い雰囲気になる批判は避け、「満足度は高く」なっていたのです。
他社の事例でも、満足度が高いのに新しいアウトプットが出ない組織を分析すると保全性・受容性の同質化の傾向が多く見受けられます。
この「生産性」や「従業員満足度」は、向上させたい『目的変数』です。目的変数は、事故数、離職率、メンタル不全者数 等々あります。しかし、これらは一つの軸で計測したものでしかなく、〝なぜ、生産性が高いのか/低いのか〟〝なぜ、満足度が高いのか/低いのか〟の原因を追究できるデータではありません。あくまで〝増やしたい/減らしたい〟という『目的変数』なのです。
そのため、「満足度が低かった」営業チームの課長は、人事部門から「改善プランの提出」を要求されて悩んでいましたし、一方「満足度が高かった」チームの課長は、営業部長から「生産性を上げろ」と要求されて悩んでいました。
会社として原因を説明できるデータがないまま、「悪いから、何とかしろ」と反射神経的に対応を迫り、最前線の課長は、悩むしかなかったのでした。
後日談として、前述の食品メーカーでは、満足度の低い部門に異質な人材を異動させて〝言い合える雰囲気〟を醸成しました。すると満足度にバラつきが出て、評価の平均値は下がりましたが、組織は活性化されて売上は向上したのです。
この図は今の話を整理したものです。企業が目指す「生産性向上」や「事故数低減」「働き甲斐向上」等を「目的変数」と定義しています。これは計測できますが、あくまで一次分析でしかありません。
その原因・真因を突き止めるためには「どんな個性の人たちで構成されているチームなのか」「誰が上司なのか」「関係性は良好なのか」「誰のストレス値が高い/低いのか」等々、状態を説明できる『説明変数』が必要となり、その客観的なデータをベースにして多軸での相関分析を行い、真因を特定して、解決策を策定し、それを現場に落とし込んで実践しながら「目的変数」を改善していくというプロセスを表しています。
今、多くの企業で取り組まれている、「エンゲージメントサーベイ」「パルスサーベイ」「義務化されたストレスチェック」等のサーベイは「目的変数」です。
「各組織を良くしたい」という思いは賛同できるのですが、『説明変数』を取得し、多軸での相関分析をしていないことで、真因に迫ることなく反射神経的な対応で終わってしまっていることが問題です。
例えば、パルスサーベイ。モバイルで手軽に診断してすぐに集計が出てきます。「営業の〇〇チームは状態が悪いね」と。そのデータをマネジャーに返して「改善して欲しい」と伝えることになります。
データは匿名ですから、「特に誰の状態が悪いのか」」「その原因は何か」「どうすれば解決するのか」は、マネジャー本人に委ねられます。以前のブログでも書きましたが「人マネジメント専門」でない人に、「状態が悪いから改善せよ」と突き放すような対応ですから、マネジャーは悩んだり、「あいつかな」と疑心暗鬼になってしまったり…。現場の混乱を助長してしまっているのです。
天気予報風のサーベイもあります。その日の気分を天気に例えて登録する。手軽だけに、悪い状態になると、すぐに人事から連絡が入る。そのレスポンスに嫌気が指して「本音を書かない」ようになったという〝本音〟を聞きました。
また、厚労省の資料にメンタル不全になった原因の一位は「職場の人間関係」(38.4%)という調査結果があります。※「労働者の心の健康の保持増進のための指針」厚生労働省 独立行政法人労働者健康福祉機構 発行
つまり、「今、どんな人間関係なのか」を客観的データで分析しないと本質要因を抽出できません。しかし、それを説明できるデータを取ることはしません。逆に「性格診断等のデータと掛け合わせてはならない」という規定があるため、反射神経での対応となり、産業医は「時短」や「休職」を薦めることになるのです。
結局、職場の人間関係が原因なので、同じ職場に復職して再発するだけなのです。
FFS理論は、「個性とストレッサー」の研究からスタートしたストレス理論ですし、人間関係を分析できる関係性理論でもあります。
「誰々の体調が悪い」というデータがあれば、そのストレッサーを仮説立てられます。拡散性の高い人なら、「活動が拘束されているかも」「興味を失ったかも」。保全性の高い人なら「曖昧な指示を出されているかも」「先が見えない状態かも」。
それらを検証するために、今の上司や同僚は誰? 業務内容やアサインされている仕事は何? と多軸で相関を取ることで、ストレスの原因が特定できます。そこから対策も導かれるのです。
その対策が効果的だったか? またはきちんと実践されているかを計測するために、定期的にストレス診断をしてもらいます。
「体調が改善された」のであれば、その対策は「効果的であり、かつ実践された」ことが証明されます。改善されていなければ、「実践したかどうか」を確認します。していたにもかかわらず効果が出なければ、対策を変更する等、「仮説・実践・検証」→「仮説・実践・検証」を繰り返すことで、最終的に「目的変数」を高めることが出来るのです。
経営層や人事部門が求めている目的は、まさに「目的変数の向上」のはずです。
しかし、今取り組まれているのは、「目的変数」ばかりを集めているだけなのです。しかもHRテックが単なる「手軽さ」に魅力を見出しただけで、仮説・検証まで踏み込めていないレベルに陥っているのです。
良かれと思って導入されたのでしょうが、結果的には現場に負担だけを押し付けてしまう「無責任さ」「罪作り」になっているのです。