イタリア・ナポリの泥棒市に住む日本人、織部悠。ナポリ中の“究めし職人”から“ミケランジェロ”と賞賛された伝説の名仕立て屋が、唯一認めた弟子である。彼が受け継いだ至巧の技と、イタリアの比類なき伝統が一着のスーツに蘇生した時、それを身に纏った者の人生に珠玉のドラマが生まれる。
ナナメヨミ
第10回:一点物を提供する職人に学ぶ働き方
2015.05.21
王様の仕立て屋―サルト・フィニート (1) (ジャンプ・コミックスデラックス)
『漫画家』という職人が書く職人の物語
漫画家がデビューする時のわかりやすい流れといえば、まず大手の少年誌に新人賞があり、そこで評価されると1話完結の読み切りが特別号的な物に載ったりする。おそらく、その読み切りの反応を見て本誌への連載を決めたりとしていくものと思われるが、こういった読み切りを読んで『この人すぐ人気出そうだな』という人もいる(ONE PEACEの読み切りを読んだ人はみな『即戦力!!』と思っただろう・・・)。
今回紹介する漫画の作者である大河原遁先生も、個人的には記憶に残る読み切りだったので、すぐに人気漫画家になるのかと思っていた。だが、特に何かの表現をするような仕事であれば、人気が出る、出ないというのはストーリー作りや画力などスキル的な要素だけでは決まらない。どんなに内容的にすばらしくても日の目を見ない場合もある。大河原先生も最初の連載が短期で終わって、気がついたら数年の間お目にかからなくなり、復活したと思ったら、それが初めて長期連載になったという経歴である 。[1]
今回紹介する『王様の仕立て屋[2]』という作品は、仕立紳士服の町ナポリで、『ミケランジェロ』と綽名された名人の技を唯一受け継いだ仕立て職人織部悠(オリベ)が、紳士服や服飾に関わるあらゆる問題を、師匠譲りの技で解決していくというストーリーである。
この作品を読むまでナポリの紳士服がそんなに有名だとは知らなかった。まあ、そのくらいの素人から読み始めても紳士服の世界が理解できるありがたいウンチク漫画という側面もある。ただ、ウンチクが面白いという側面と同時にこの作品は、作者自身が漫画に賭けながらも不遇の時代が長かった経験が下地にあるためか、登場人物の言葉が仕事をする上で心に響く漫画になっている。
たかが服、されど服
スーツ≒仕事着で、ファッションではないと思っている方も多いかと思うが、そうはいっても、それなりの場に出る場合は、それなりの格好というのは多かれ少なかれ要求されることではある。
この漫画に出てくる状況でいえば、ヨーロッパのいわゆるセレブが集まる場に行く場合には服がパスポートとなり、その人の評価が決まってしまうこともあるようだ。
そのような場面で、仕事着だからと適当にスーツを着ていると『人としての底の浅さ』を露呈してしまうことになる。
特に、異なる文化圏が入り交じっているヨーロッパでは、相手の文化的背景や価値観をふまえて服を着ないと、意図しない問題にぶつかる場合がある(丈の短いジャケットを着ているとどうみえるかとか・・・[3])。
逆に、既製服でも、その服をその時に着る正当性があり、正しく本人を表現していれば『もののわかった人だ』と評価される世界のようだ。
仕事に個性を織り込むためには
基本的にはクラシックスーツの職人であるオリベは、クラシックスーツのフォーマットに則りながらそこに顧客事情に合わせた仕掛けを入れ込むことで問題を解決していく。
例えば、パーティーの中で目立つ服とした場合、単に、クラシックのフォーマットを逸脱したような派手な服を着ればパーティーの中で注目はされるかもしれないが、評価はされない。そのパーティーの主催者の目的に沿い、依頼者の個性に合わせて、主催者や参加者の見方を変えるような服が求められる。依頼者の状況をいかにくみ取って正しく表現するか、名人譲りの技術はそのためにあるということになる。
『漫画』というある程度決まったフォーマットで作られる創作活動の中に、どれだけ作り手側の個性を入れられるか、同時にそれが受け手側の心を動かせるか?と考えてみると、作者も作品内の職人と同じような課題を共有しているのだろう。作家の個性を発揮すると突っ張ってみたところで、読まれなければ(世間に受け入れられなければ)意味がないというのも現実問題としてある。かといって世間に迎合してしまっては、面白みが無くなって、この場合も支持されないだろう。
このあたりのジレンマには作者も相当悩まされたのかもしれない。そういうこともひっくるめて、自分をぶらさず、真摯に一つ一つの案件に向かい、ある種淡々と神業を提供するオリベの姿は、一点物を作る職人としての理想像なのかもしれない。
相手の意図をくみ取りつつ、自分のやりたいことをどのように反映させるか、それを一時期の流行に終わらせずに、どこまで長期的な文脈に乗せられるかといったことは、今現在、仕事をやらされていると思っている人にとっては振り返ってみる価値はあるかもしれない。
《状況別、お気に入り台詞集》
せっかくなので、個人的にお気に入りの台詞を並べてみた。実際には本編を読んでいただき、かみしめていただけるとよりよいかと思う。
状況1:仕事の中での個性の発揮
『クラシックでもモードでも大事なのはお客様が「幸せ」である事さ 今となっちゃツッコミ所の多い流行も当時の客が幸せならそれでいいんだよ』第2シリーズ 8巻 44話
とがった個性を発揮しようとして、顧客に文字通り『お仕着せ』をしてしまうことで失敗するという場面で使われた台詞。その個性が顧客の幸せにつながっていなければ、意味がないということ。技術自慢の若者に『悪いことはいわねぇ、芸術やりてえならミラノ(故郷)へ帰えんな』というのもいい場面。
また、服を着る側の個性の発揮の仕方として・・・
『学ランさえ着こなせねえでデザイナーさんのお仕事に袖を通せるのか』 第1シリーズ 8巻 43話
これは、学ランが嫌で、デザイナー制服を着たがる高校生に向かって言う台詞。個性的な物を求める前に、与えられた状況で最善を示さなければいけないのは着る側も一緒ということかと。
状況2:仕事を不毛な作業の繰り返しと感じた時
『たとえ死神と結託した偽医者でも病気を治せばその患者にとっては名医だ。客の事情を汲んで仕立てた服がほんの僅かでもお客に変化を与える事を信じられなくて職人が務まるかい』第1シリーズ 26巻 153話
大きな会社の中である程度決まった仕事をしているうちに『同じことばっかりやらされて、自分の個性を発揮する場所がない』などと考えてしまっている時に。個人的には自分の仕事が単調だな、不毛だなと感じた時にはよくこのような言葉を思い出したりする。
状況3:他者の仕事がうらやましいと感じた時
『最高の革だの、ガット[4]の仕事だの他人の仕事を羨むんじゃねえ 羨ましいならそれを凌ぐような仕事を自分でして見せろ!』第1シリーズ 3巻 18話
靴職人見習いのマルコが親方からいわれる一言。有名な職人が作った靴を、履きもしない靴コレクターが買ったことに腹をたてたマルコを諭す時の台詞。その後に『俺がボケねえ内に何とかなって見せろヒヨッ子が』と続く。
『職人は死ぬまで目の前の客の注文に全力を尽くすだけだ 他人との腕比べなんぞやっている暇はねえ』第1シリーズ 4巻 20話
この言葉も、腕比べをしようとした若者に『やなこった』と即答してからのもの。一応ジャンプ系の漫画なのだからそのままバトルでも良いのだが・・。後々、漫画的な縛りとして腕比べをする場面も出てくるのだが、オリベの態度としては、そもそも自分に自信があれば他人と自分の仕事を比較したりはしないということで一貫している。
ナポリには職人の数だけ自称世界一がいるので、審査をしたところで、難癖付けて自分の勝ちだと言い出すだろうとも。
[1] 経歴はWikipedia参照。
第1シリーズ 28巻の作者コメントに『どうにも漫画で食えなくて、いっそ人生放ん投げてやろうかと思っていた頃・・・』とある。きっとご本人もすごく悩まれたのだろうなと・・・。
[3] 第1シリーズ19巻119話 ネタバレなので詳細は書かないが、単純にびっくりした。
[4] Gatto イタリアの高級靴ブランド。